相続が発生した後の「口座凍結」
「父が亡くなり、葬儀費用を払おうと思ったら、銀行口座が凍結されていて1円も引き出せなかった」——相続の現場でよく耳にするご相談です。
預貯金はその名義人が亡くなったことを金融機関が把握した時点で凍結され、原則として相続人全員の同意(遺産分割協議書や全員の実印・印鑑証明書など)がなければ払い戻すことができません。ところが、遺産分割協議は必ずしもすぐにまとまるとは限らず、その間、葬儀費用や当面の生活費、被相続人の医療費・税金の支払いなどに困る相続人が少なくありません。
この問題を解決するために、平成30年(2018年)の民法(相続法)改正で新設されたのが「遺産分割前の預貯金の払戻し制度」です。令和元年(2019年)7月1日から施行されております。本コラムでは、条文を確認しながら、制度の内容を整理します。
なぜこの制度ができたのか
以前は、預貯金債権は相続開始と同時に法定相続分に応じて当然に分割される(各相続人が単独で払戻しを請求できる)と考えられていました。しかし、最高裁判所大法廷決定平成28年12月19日(民集70巻8号2121頁)が、預貯金債権は遺産分割の対象財産に含まれると判断したことで、遺産分割が終わるまでは相続人単独での払戻しが原則としてできなくなりました。
この決定は、相続人間の公平を図るうえでは合理的である一方、当面の資金需要に対応できないという実務上の不都合を生じさせました。そこで平成30年(2018年)の相続法改正により、一定の範囲で単独払戻しを認める仕組みが設けられたのです。
制度は大きく分けて2つあります。
家事事件手続法第200条第3項に基づく制度
⇒家庭裁判所の判断を経る必要がありますが、上限額の制限なく、より柔軟に払い戻しを受けられる制度です。
民法第909条の2に基づく制度
⇒家庭裁判所の関与なしに、一定額まで単独で払い戻しを受けられる制度です。
今回は、より身近で利用しやすい、民法第909条の2に基づく預貯金の払戻し制度について詳しく見ていきます。
民法第909条の2に基づく預貯金の払戻し制度
条文
民法第909条の2(遺産の分割前における預貯金債権の行使) 各共同相続人は、遺産に属する預貯金債権のうち相続開始の時の債権額の三分の一に第九百条から第九百二条までの規定により算定した当該共同相続人の相続分を乗じた額(標準的な当面の必要生計費、平均的な葬式の費用の額その他の事情を勘案して預貯金債権の債務者ごとに法務省令で定める額を限度とする。)については、単独でその権利を行使することができる。この場合において、当該権利の行使をした預貯金債権については、当該共同相続人が遺産の一部の分割によりこれを取得したものとみなす。
払戻しできる金額の計算式
条文にある「法務省令で定める額」は150万円と定められています(民法第909条の2に規定する法務省令で定める額を定める省令)。したがって、実際に払戻しを受けられる金額は次の2つのうち低い方が上限となります。
- ① 相続開始時の預貯金残高 × 3分の1 × 払戻しを求める相続人の法定相続分
- ② 1つの金融機関につき150万円(同じ金融機関に複数の口座がある場合は合算して150万円)
計算は口座単位・金融機関単位で行うため、複数の金融機関に口座がある場合は、それぞれの金融機関ごとに①・②を計算し、その合計額まで払戻しを受けられます。
もし、遺産分割前の預貯金払戻し制度の上限を超える多額の資金が必要な場合は、本制度ではなく、裁判所を通した仮処分の申し立て(家事事件手続法第200条第3項)を検討する必要があります。この制度を利用する場合は、家庭裁判所への申立てが前提となるため、民法第909条の2の払戻しに比べて時間と手間がかかります(家事事件手続法第200条第3項の手続きに関する詳細は今回は割愛します)。
手続きの流れは?
具体的な手続きや必要な書類は、各金融機関によりますので、まずは、預貯金の払戻しを求める金融機関のホームページを確認又は直接金融機関に連絡を入れるなどして、金融機関が想定している手続きの流れを確認します。なお、必要な書類としては一般的には下記のものが必要であるとされております (一般社団法人全国銀行協会『ご存じですか?遺産分割前の相続預金の払戻し制度』参照)。
- 被相続人(亡くなられた方)の除籍謄本、戸籍謄本または全部事項証明書(出生から死亡までの連続したもの)
- 相続人全員の戸籍謄本または全部事項証明書
- 預金の払戻しを希望する相続人の印鑑証明書
※金融機関によって追加で求められる書類(所定の請求書や実印を押印した書面など)が異なる場合がありますので、事前の確認が必須です。
引き出したお金はどう扱われるのか? ~民法第909条の2による払戻しの法的効果は?~
条文の後段にあるとおり、この制度で払戻しを受けた金額は、「遺産の一部分割によりこれを取得したもの」とみなされます。つまり、最終的な遺産分割の際にその相続人の取得分としてあらかじめ精算されたものとして扱われます。
勝手に自分のものにして良い「お小遣い」が増えるわけではありませんので、他の相続人への事前説明や、使い道の領収書保管などは確実に行っておくことがトラブル防止に繋がります。
相続に関する一連の手続きをトータルでサポート致します
遺産分割前の預貯金払戻し制度(民法第909条の2)は、急な資金需要に応える非常に便利な制度です。しかし、引き出せる金額には制限(150万円の上限など)があり、また引き出した分は、遺産の一部分割によりこれを取得したものとみなされますので、のちの遺産分割協議にも少なからず影響を与えます。
当事務所では、戸籍の収集から遺産分割協議書の作成、預貯金の解約手続きや相続登記まで、相続に関する一連の手続きをトータルでサポートしております。
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(参考文献:堂園幹一郎他著(2024年)『逐条解説 改正相続法』80頁~87頁)
著者:代表司法書士 佐々木 翔
東京都世田谷区南烏山4丁目3番8号マノアール世田谷301
司法書士あおぞら法務事務所

